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人的資本とは、人材をプラスアルファの価値を創り出す源である資本としてとらえる考え方のことです。
以前までは人的資本に対する投資は、効率的に利益を上げることのできない、あまり意味のないものとしてみなされていました。そのため、人的資本に対する投資は後回しにされたり、投資額が削減されたりすることも珍しくありませんでした。
しかし、近年は持続的に企業の価値を高めていくために、人的資本を代表とした無形資産への投資が重要ではないかという考えが広がっています。人的資本への投資は、社会の問題や課題解決への糸口として期待されており、成長と分配によるより良い循環を目指す新しい資本主義の実現には欠かせない要素となっているのです。
人的資本と対になる言葉に人的資源という言葉があります。
人的資源とは、カネ、情報、そしてヒトなどの経営資源の中で、人材を消費するべき資源としてとらえ、効率良く消費していこうとする考え方です。人材=消費するものという見方であるため、人材に対して支払われる費用はコストとしてとらえることになります。
人的資本経営とは、従来の人的資源の考え方を捨てて、無形資産の1つである人材に対して投資を行い、長い目で企業の価値向上に繋げていこうとする経営方針を指す言葉です。ヒトへの投資によって個人の能力を向上させることは、企業の成長や収益力の向上に繋がります。人的資本経営は、企業に対しても大きな利益を生み出すことが期待される考え方です。
時代の流れにより、人材を資源ではなく資本としてとらえる考え方が主流になってきています。方々から企業に対して、人的資本に関する情報の可視化を行ってほしいという要求が寄せられるようにもなっています。
人的資本の可視化が求められる理由は、ESG投資の重要性の認知が広まったことにあると考えられています。
ESGとは環境を表すEnvironment、社会を表すSocial、そして企業統治を表すGovernanceの頭文字を取って作られた言葉です。ESG投資とは、この3点を投資判断の材料として取り入れて行われる投資を指し、新しい投資のトレンドとして注目を集めています。
つまり、投資家が企業への投資を行う判断材料として、キャッシュフローなどの財務情報だけでなく、非財務情報の重要度が高まっているということです。人材もこの非財務情報の1つとしてみなすことができるため、重要な情報として企業に開示が求められるようになったというわけです。
他にも、デジタル化やIT化の促進も可視化が求められる理由の1つとして挙げることができます。AIの登場やIT技術のさらなる発展により、人材に求められる能力やスキルが大きく変わろうとしています。機械やAIに仕事を奪われる時代だからこそ、人間だけがもつ能力やスキルに対して、より一層注目が集まるようになったのです。
サスティナブルな企業価値の向上を目指すために、経済産業省では経済戦略に伴う人材戦略の実践方法に関して、2020年の9月にレポートを公表しました。このレポートは、人的資本の重要性の高まりを認識すると同時に、こうした社会の変革をどのように受け止め、どのように実践するかを主眼とし、有効な手立てとなるアイディアを提示しています。さらに、人的資本に対する期待の高まりを受けて、同省では2022年にも同様のレポートを公表しています。
金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告とは、金融庁が2022年に発表した報告です。企業が行う持続可能な社会を目指す取り組みの情報開示に関わる、以下の3点の方針が示された報告です。
・サスティナビリティ情報の記載欄を有価証券報告書内に新設すること
・多様性に関しては、開示項目の中に男性育児休業取得率や男女賃金格差、そして女性管理職比率に関する項目を追加すること
・人的資本に関しては、開示する項目の中に企業内の環境を整えるための方針と人材を育てるための方針を追加すること
2022年2月から6月にわたり、内閣官房では非財務情報可視化研究会が開催されました。この研究会では、企業が行う人的資本に関する情報の可視化に関する指標の選定や情報開示の進め方について検討が行われました。そうして作成された人的資本可視化指針は、指針案に対するパブリックコメントが行われた後、2022年8月に正式に公表されています。
2023年1月、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告にもとづいて、企業内容などの開示に関する内閣府令が改正されました。この改正によって、企業はサスティナビリティ情報や多様性の指標に関して、有価証券報告書などに情報を公開することが求められています。
人的資本に関する情報公開は、2023年3月期決算企業から一部の企業に公開が義務付けられています。
人的資本可視化指針では、投資家の経営者が行う人材戦略情報に対する期待の高まりを受けて、望ましい開示項目分野を7つ示しています。
この分野では、従業員の育成に関する教育プログラムや、優秀な人材を確保するための具体的な施策の公開が求められます。また、企業への人材定着率を向上させる取り組みなどに関する情報を公開することも求められます。
この分野では、主に従業員の満足度に関する情報公開が推奨されています。企業の職場環境や福利厚生、そしてマネジメントの方法などの情報を公開することが求められます。
この分野では、採用やサクセションに関する情報開示が推奨されています。離職率の開示や採用や離職に関わる具体的なコストなどに関する情報の公開が求められます。
この分野では、ダイバーシティや差別の有無、そして育児に関する取り組みについての情報開示が推奨されています。たとえば、性別や国籍などの属性別に従業員数を示したり、男女間の給与差を数値で示したりすることが求められます。他にも、産休や育休の取得率や休暇明けの復職率、そして正規雇用と非正規雇用の待遇差などの情報公開もこの分野に含まれます。
この多様性に関する分野に関しては、有価証券報告書内での情報開示が義務付けられているため、7分野の中でも重要な開示項目の1つとしてとらえておくと良いでしょう。
この分野では、身体的および精神的な健康や安全性などに関する情報開示が推奨されています。具体的には、従業員の欠勤率や労災の発生率の具体的な数値や、企業が行っている従業員の安全確保に関する具体的な取り組みに関する情報公開が求められます。
この分野では、賃金の公正性や強制労働の有無、そして労働組合に関する情報などの公開が推奨されています。具体的には、賃金が適正であるか、人権侵害が業務内で行われていないか、そして労働協約に関する情報などの公開が求められています。
この分野では、コンプライアンスに関する情報公開が推奨されています。コンプライアンスに関する情報といっても、単に法令遵守を公開するだけでは足りません。社会的な倫理観もふまえた経営が行われているかどうかに関しても、情報を公開することが求められています。
企業が人的資本の可視化を行ううえでおさえておきたいポイントは3つあります。
1.期待されている項目の情報公開を行う
2.競争力へのつながりを明らかにする
3.投資家にとって馴染みのある4要素に沿った構成にする
情報公開といっても、投資家などの公開を望んでいる側の需要に合った開示でなければ意味がありません。そのため、公開を望んでいる側の声に良く耳を傾けて、ロジカルかつ明瞭にそれらの情報を公開することが重要になります。
人的資本の可視化を行ううえでは、人材への投資が企業の競争力強化にどのように繋がっていくのかを明確にすることが大切です。情報公開を求めている投資家は、企業がどのように成長していくのかを長期的な視点で判断しています。そのため、現在の状況だけでなく、人材への投資が将来的な成長に繋がる点を、統合的なストーリーとして構築することが望ましいとされています。
サスティナビリティに関する情報公開において、投資家が注視している要素はガバナンス、戦略、リスク管理、そして指標と目標の4点です。
これらの要素は、有価証券報告書でのサスティナビリティに関する情報公開にも採用されています。
そのため、人的資本に関する情報公開は、この4点に沿った形に構成にすることが推奨されるのです。
人的資本への投資に関する情報は、今後も価値が高まっていくと予想されます。
これに対応していくためには、社内体制の整備や人材戦略の更新が必要不可欠です。特に、これまで人材育成への投資に着目してこなかった企業においては、革新的な改革が必要になることもあるでしょう。
企業の継続的な成長や企業価値の向上のためには、人材の力という要素が必要不可欠な世の中へと変わってきています。これを好機ととらえ、人的資本に関する意識改革を行い、時代の波に乗ったサスティナブルな企業経営を目指していきましょう。
投資家たちの関心は、財務情報だけでなく人的資本などのような非財務情報にも及ぶようになりました。つまり、これからも継続的に成長していく企業かどうかの判断材料の中に、人材への投資を含めた人材戦略がどのように行われるかが問われるようになったということです。
情報公開を適切かつ効果的に行うためにも、今一度自社の人材戦略の見直しを行ってみましょう。
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