現代の日常生活においては、何をするにも契約が必要不可欠です。
それは電車やバスに乗る場合も同様です。通常は意識していませんが、電車に乗る場合にも鉄道会社と電車賃を払う代わりに電車を利用する権利を得るという売買契約を結んでいるのです。
鉄道やバス会社など、大量の顧客と契約を締結することが必要な企業の場合、その顧客ごとにいちいち契約書の取り交わしなどをすることは当然できません。そのようなことをしていれば、会社にとってだけでなく顧客にとっても無駄な時間ばかりかかってしまい、業務をスムーズに行うことすらできなくなってしまうからです。
このように、契約書を個別に取り交わすことが非常に煩雑な取引において利用されるのが「約款」(やっかん)です。
約款に表示されている各条項を個々人との契約内容とすることによって、個別に契約の締結をすることを省略することが可能になるのです。
今回は、この「約款」について解説します。
目次
約款の目的
企業など事業者が顧客などと取引を行う際には、本来であれば契約内容について双方とも合意し、正式に契約書を取り交わすことが法律的に考えてもっとも原則的な方法です。
しかし、不特定多数の顧客と大量に取引を行う際には、取引をするたびに契約書を作ることはとても現実的ではありません。
例えば、電車に乗って移動するときのことを考えてみましょう。
電車に乗る際には、法律的にいえば鉄道会社と電車の利用客との間では「運送契約」が締結されることになります。
しかし、だからといって電車に乗るたびに駅の窓口に行っていちいち契約内容の説明を受け、契約書の取り交わしなどやっていられませんよね?
そんなことをしていたら、窓口には行列ができてしまい、電車に乗るまでに各種大変な時間と手間を要することになってしまいます。鉄道会社にとっても、顧客にとってもデメリットが大きくなるでしょう。
そのようなことを避けるため、取引の際に契約書を作成しない代わりに、契約内容となる細かい条項をあらかじめ「約款」として表示しておき、その取引に関する契約条件などを画一的に定めておくのです。
そして、実際に事業者と顧客との間で取引が成立した場合には、あらかじめ表示していた約款条項をその契約内容とすることで、すべての顧客との間において同一条件で契約を成立させ、契約書の取り交わしなど煩雑な手続きを省略しているのです。
分かりやすくいえば、約款とは、「契約内容の詳細をあらかじめ示しておくもの」と考えてよいでしょう。
なお、上記では鉄道会社との契約の事例を挙げましたが、実際には日常生活における多くの場面において、この約款は比較的広く利用されています。
約款の意義
約款とは、不特定多数と同一種類の契約を大量に取り交わす必要があるような取引について、いちいち契約書を取り交わすという煩雑さを避け、迅速・効率的に取引を行うことを可能とするものです。
約款を用いた取引の場合、事業者と各顧客との間では約款の内容に応じた、まったく同一の画一的な契約が成立することになります。その結果、顧客ごとに契約書を取り交わす必要がなくなるため、事業者と顧客の双方ともに無駄を省くことができるのです。
約款に関する問題点
約款について、従来から以下のような点に関して法的な問題が指摘されていたことから、2020年の民放改正に至っています。
【民法改正前における約款の問題点】
・約款条項が事業者のみによって作られていること
・利用者側には約款条項を拒否する機会が与えられていないこと
・利用者は約款条項の内容を理解していない場合が多いこと
これらの問題が原因となり、事業者と顧客との間で契約内容に関してトラブルとなることが往々にしてありました。また、トラブルが発生した場合、その解決は個々の事例ごとにケースバイケースで判断せざるを得ず、困難を極めることも多くありました。
この点が長らく問題視されてきたため、2020年の改正民法では以下に述べる「定型約款」の規定を新設し、上記各問題の解決を目指したのです。
定型約款とは
約款は従来から利用されてきましたが、これを正面から規定した条文は存在しませんでした。
そのため上記のようなトラブルが発生することがあり、その法的手当てが望まれていました。
そのような状況を解決するため、2020年に施行された改正民法によって新設されたのが、「定型約款」です。
定型約款の意義
改正民法では、一定の要件を満たした約款を「定型約款」と定義し、それに対して民法の規定を適用することで約款に関する諸問題の解決を図っています。
定型約款が用いられる取引に関してさらに一定の要件を満たした場合には、約款の内容が個々の契約内容になる旨を定めています。これによって定型約款を用いた取引に関しては、法律上「約款条項 = 契約内容」と扱われるため契約の内容が明確となり、契約内容に関するトラブルを未然に防止することが期待できます。
また、約款の内容を変更する場合には、一定の要件を満たすことで変更について顧客が合意したこととみなされるため、顧客ごとに同意を取り付ける手間を省くことができるようになります。
定型約款における2つのメリット
事業者の作成した約款が民法上の定型約款に該当する場合、事業者には以下のようなメリットがあると考えられます。
・約款が契約内容(の一部)となるため契約内容が明確となり顧客との無用のトラブルを防止することが期待できる
・事業者は個々の顧客ごとに同意を得る手間を省いて約款の変更をすることができる
これらは、企業など事業者にとって大きなメリットと言えるでしょう。
定型約款に該当するための2要件
事業者の作成した約款が民法上の「定型約款」に該当するためには、以下の要件を満たしたものであることが必要です(民法第548条の2第1項)。
①「定型取引」に関して利用されるものであること
② 契約内容とすることを目的として事業者によってあらかじめ準備された条項であること
それぞれについて解説します。
①「定型取引」に関して利用されるものであること
「定型取引」とは、事業者などが不特定多数の者(顧客など)を相手方として行う取引であり、その内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的なものをいいます。
民法上の定型約款に該当するためには、その約款が定型取引に利用されることが必要です。
②契約内容とすることを目的として事業者によってあらかじめ準備された条項であること
約款が民法上の定型約款とされるためには、その約款条項を契約内容とすることを目的として、その定型取引を行う事業者があらかじめ準備した条項であることが必要です。
事業者が作成する約款は、大半のケースにおいて、この要件を満たすと思われます。
上記2つの要件を満たすことによって、事業者が作成した約款は民法上の「定型約款」に該当することになり、その規定の適用を受けることができるようになります。
「みなし合意」の重要性
事業者が作成した約款が民法上の定型約款に該当する場合、以下の要件を満たすことによって法律上「みなし合意」が成立します(民法第548条の2第1項)。
「みなし合意」とは、約款の各条項を個々の顧客との間に成立する具体的な契約内容とすることについて、事業者と顧客との間で合意が成立したものと法律上扱われる効果のことを言います。
みなし合意が成立すると、事業者と顧客との間の契約内容が
「契約内容 = 約款条項」
に確定するという、法律上重要な効果が発生するのです。
「みなし合意」の成立要件
みなし合意が成立するためには、まず前提条件として、当事者間に定型取引を行うことについての合意がある必要があります。
そして更に、以下に掲げる2つの要件のうち、どちらか1つを満たした場合、みなし合意が成立することになります。
①定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
②定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき
それぞれに関して、簡単にみていくことにしましょう。
①定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
文字通り、事業者と顧客の間で定型約款を契約内容とする旨の合意が成立したときには、当然のこととして約款条項が契約の内容となります。
②定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき
みなし合意が成立するためには、前提として定型約款があらかじめ顧客に対して表示されていることが必要です。
鉄道営業法などでは、事業者は会社のホームページなどで約款を閲覧できる状態等にしていれば、この要件を満たすこととされています。
上記の要件のうち、どちらかを満たした場合にはみなし合意が成立し、定型約款で定める各条項を契約内容とすることについて双方が合意したとみなされることになります。
みなし合意が成立した場合、個々の契約内容に関してもその内容が明確に確定することになるという法律効果が発生します。
その結果、のちに事業者と顧客の間で契約内容に関してトラブルとなった場合でも、どちらが契約違反をしているのかなどの判断がつきやすくなり、トラブルの解消が著しく簡単になるというメリットが考えられるのです。
みなし合意が不成立となるケース
みなし合意は、定型取引を行う事業者と顧客との間の契約内容を確定させるという重要な効果をもたらすものですが、以下の2つのケースではみなし合意が不成立とされることになるので注意が必要です。
①定型約款の中に不当条項がある場合
②定型約款の内容を顧客に提示しない場合
それぞれについて、順次見ていくことにしましょう。
①定型約款の中に不当条項がある場合
本来であればみなし合意が成立するケースにおいても、約款の内容が一方にとって不利となるなど信義誠実の原則に反すると認められるような場合には、みなし合意は不成立となります(民法第548条の2第2項)。
②定型約款の内容を顧客に提示しない場合
定型取引を行う事業者には、約款内容を契約の相手方である顧客に対して提示する義務があります(民法第548条の3)。
具体的には、取引前または取引後一定の期間内に相手方からの請求があった場合には事業者は遅滞なく定型約款の内容を相当な方法で示さなければいけません。
事業者がこれを行わない場合、みなし合意は不成立となります。
※ただし、既に書面または電磁的方法(PDFファイルなど)によって約款内容を交付・提供している場合は除きます。
定型約款の変更
事業者は以下の要件を満たすことで、定型約款の内容を変更することができます。
・定型約款の変更が顧客の一般の利益に適合するとき
・定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性など各種事情に照らして合理的なものであるとき
上記要件を満たしている場合には、これから取引を行う顧客との間の契約内容だけでなく、すでに契約が成立している顧客との間における契約内容も変更されることになります。
この場合、顧客ごとに合意を得る必要がなく、変更後の内容についてすべての顧客の合意が成立したことになります(民法第548条の4第1項)。
なお、定型約款の変更を行う場合には、事業者はその効力発生時期を定め、定型約款を変更する旨・変更の内容や効力発生時期をインターネットなど適切な方法で周知する必要があります(同条第2項)。
定型約款の実例
最後に、日常生活において身近に存在する定型約款に該当する実例となるものをご紹介します。
・運送約款
・旅行業約款
・インターネットのサイト利用規約
・スマホアプリの利用規約
・預金規定
・保険約款
・宿泊約款
など
どれを見ても、私たちの生活に身近なものであることが分かるのではないでしょうか。
このように日常生活の中で、約款はとても大切な役割を果たしているのです。
まとめ
インターネットの普及に伴い、ネットビジネスは急速な発展を遂げています。ネット上のビジネスは、その性質上、不特定多数の顧客との間での取引が不可欠です。
企業が不特定多数の顧客と売買やサービスの利用などに関して取引をする際、どうしても必要となるのが「約款」です。約款を利用することによって、顧客ごとに契約を締結する煩雑さを回避することができるからです。
2020年施行の改正民法において新設された定型約款に関する各規定は、約款を利用して業務を行う企業にとって非常に有用なものとなっています。
この機会に法改正に目を向け、業務の効率化を図ってみてはいかがでしょうか?