個人事業主として事業を営む人にとって、公的保険制度の問題は非常に重要です。厚生年金や組合保険などの社会保険に加入できる会社員とは異なり、個人事業主は原則として自身で公的保険制度に加入する必要があり、その選択や手続きに悩むことも少なくありません。加えて、従業員を雇用する際には、社会保険への加入責任が生じるケースもあります。
本記事では、個人事業主の方向けに、公的保険制度や社会保険に関する重要な情報をわかりやすく解説します。
目次
個人事業主と会社員の保険制度の違い
個人事業主として働く場合、会社員とは異なり、自分で公的医療保険への加入手続きを行う必要があります。会社員は雇用主が社会保険の手続きを行うため、加入の手間は少ないですが、個人事業主はこの手続きが自己責任です。会社員は、給与から自動的に保険料が天引きされる形で健康保険や厚生年金保険などに加入しており、退職後の年金や病気になった時の公的医療保険も会社を通じて提供されます。
一方、個人事業主は国民健康保険や国民年金に加入しなければなりません。さらに必要に応じて労働保険や小規模企業共済に加入することも検討する必要があります。これらの保険は個人事業主の将来の生活を守るために非常に重要であり、特に病気やケガ、老後の資金については、自らがしっかりと対策を講じなければならないため、保険制度への理解は欠かせません。
個人事業主が加入できる医療保険制度
個人事業主が加入できる健康保険には、主に以下の4つの選択肢があります。それぞれの特徴や加入条件について詳しく説明します。
国民健康保険
国民健康保険は、個人事業主にとってもっとも一般的な健康保険の選択肢です。 居住地の市区町村が運営する公的医療保険制度で、加入手続きは居住地の市区町村役場で行います。
国民健康封建は、 所得に応じて保険料が決定されます。 医療費の自己負担割合は原則3割です(年齢や所得により異なる場合があります)。
- 誰でも加入できる
- 所得が低い場合、保険料が比較的安くなる可能性がある
- 高額療養費制度により、高額な医療費の負担が軽減される
- 所得が高い場合、保険料が高額になる可能性がある
- 傷病手当金(病気やケガで働けない場合の所得保障)がない(一部の自治体を除く)
加入条件
- 他の健康保険に加入していないこと
- 居住地の市区町村に住民登録があること
国民権保険の保険料は、自治体ごとに異なります。さらに、40歳以上65歳未満の方には、介護保険料が上乗せされます。
健康保険組合などの任意継続
任意継続とは、以前勤めていた会社の健康保険に継続して加入する制度です。 退職前に加入していた健康保険(協会けんぽや健康保険組合)に継続して加入できます。 最長2年間加入可能です。2年を経過したあとは、「任意継続被保険者資格喪失通知書」が送られてくるため、速やかに保険証を返却する必要があります。
- 慣れ親しんだ保険制度を継続して利用できる
- 保険料が前職時と同じ計算方法で決定されるため、場合によっては国民健康保険より安くなることがある
- 付加給付(健康保険組合独自の追加サービス)を受けられる場合がある
- 加入期間が最長2年間に限られている
- 退職時の標準報酬月額をベースに保険料が計算されるため、収入が大幅に減少した場合でも保険料が高くなる可能性がある
加入条件
- 退職日の前日までに被保険者期間が継続して2カ月以上あること
- 退職日の翌日から20日以内に申請すること
各団体の国民健康保険組合
同業者で組織する国民健康保険の独自制度で、同じ職業や業種の人々が集まって運営する健康保険制度です。建設業、医療、芸能など、特定の業種で設立されています。
- 同業者向けの独自のサービスや付加給付がある場合がある
- 保険料が比較的安い場合がある
- 傷病手当金が支給される組合もある
- 加入できる業種が限られている
- 組合や所得によっては、保険料が国民健康保険より高くなる場合もある
加入条件
- 該当する職業や業種に従事していること
- 各組合が定める加入条件を満たしていること(年齢制限や所得制限がある場合がある)
扶養家族として社会保険に加入
配偶者など、家族の健康保険の被扶養者として加入する方法です。 家族(多くの場合は配偶者)の健康保険に扶養家族として加入します。独自の保険料負担はありません。
- 保険料の追加負担がない
- 家族と同じ保険制度を利用できるため、手続きが簡単
- 収入が一定額を超えると、扶養から外れる可能性がある
- 独立した事業主としての立場と、扶養家族としての立場の兼ね合いが難しい場合がある
加入条件
- その年の合計所得額が48万円以下(給与所得の場合は103万円以下)
- 主たる生計維持者(被保険者)とその年の12月31日時点で生計を一にしていること
- 青色申告者の事業専従者として給与の支払いを受けていない、もしくは白色申告者の事業専従ではないこと
個人事業主の方は、これら4つの選択肢の中から、自身の状況や事業の規模、家族構成などを考慮して最適な健康保険を選択することが重要です。また、状況の変化に応じて定期的に見直しを行うことをおすすめします。不明な点がある場合は、社会保険労務士や各保険の窓口に相談するのも良いでしょう。
従業員を雇用した際の社会保険対応
個人事業主が従業員を雇用する場合、新たな社会保険の責任が生じます。健康保険・厚生年金保険などの社会保険への加入を検討する必要があります。特に従業員を常時5人以上雇用している場合は厚生年金保険・健康保険への加入が、法律で義務付けられているのです。
なお、従業員が1人以上4人以下の場合は任意加入となります。ただし、法人の場合は1人でも強制加入となります。
労働保険への加入
従業員を1人でも雇用する場合、労働保険(雇用保険・労災保険)への加入が義務となります(※)。常勤、パート、アルバイト、派遣などの雇用形態にかかわらず、加入義務が発生します。加入手続きは、事業所の所在地を管轄する労働基準監督署で行います。未加入の場合、従業員が労災事故に遭った際に大きな問題となる可能性がありますので、早めの手続きが必要です。
※労災保険は、パート・アルバイトを含めすべての労働者が加入しなければなりません。雇用保険は労災保険加入者のうち、1週間の所定労働時間が20時間以上かつ31日以上の雇用見込みがあれば必ず加入します。
健康保険と厚生年金保険への加入(従業員が常時5人以上の場合)
従業員が常時5人以上いる事業所の場合、健康保険や厚生年金保険への加入義務が発生します。手続きは、管轄の年金事務所で行います。
5人未満の場合、就業員の半数以上が社会保険の加入に同意し、事業主が申請を行い、厚生労働大臣の認可を受けられれば、社会保険の加入が可能です。
なぜ個人事業主が社会保険をしっかりと考える必要があるのか?
個人事業主が保険に加入して備えるべき理由は以下の通りです。
病気やケガへの備え
万が一健康保険や労災保険に加入していなかった場合、病気やケガをした際の治療費の負担が大きくなる可能性があります。
老後の生活資金確保
個人事業主は厚生年金に加入していないため、国民年金のみでは老後の年金額が少なくなる可能性があります。老後に備えて、国民年金に加えて付加年金や小規模企業共済に加入し、退職後の生活資金を確保しておくことが大切です。
令和4年度の厚生年金の平均受給額は月額14万4,982円、一方で国民年金の平均受給額は月額5万6,428円と、その差は9万円近くになります。
※出典:厚生労働省「令和4年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
従業員を雇った場合の責任
従業員を雇用した際には、労働保険(雇用保険・労災保険)や社会保険への加入が義務化されます(※)。従業員の安全や福祉を守るため、これらの保険制度にしっかりと加入し、労働環境を整えることは、優秀な人材の確保にもつながります。
※労災保険は、パート・アルバイトを含めすべての労働者が加入しなければなりません。雇用保険は労災保険加入者のうち、1週間の所定労働時間が20時間以上かつ31日以上の雇用見込みがあれば必ず加入します。
経営リスクの軽減
個人事業主は、経営の浮き沈みに直接影響されるため、収入が安定しないケースもあるでしょう。小規模企業共済に加入することで、事業廃止時の資金や退職後の生活資金を準備でき、経営のリスクに備えられます。
個人事業主が加入したい民間保険の種類
個人事業主にとって、将来のリスクに備えるために民間保険の加入も重要です。以下では、特に個人事業主が加入を検討すべき4つの保険を紹介します。
医療保険
医療保険は、病気やケガに備えるための保険で、入院や手術などの医療費を補助する役割を果たします。個人事業主は、国民健康保険に加入していれば、医療費の3割負担で済みますが、長期入院や高額な手術費用が発生する場合、自己負担が大きくなる可能性があります。そのため、民間の医療保険に加入し、さらに保障を充実させるのがおすすめです。
民間の医療保険は、入院日額や手術給付金などを保障してくれるもので、入院期間が長引いたり、手術が必要になったりした際に経済的な負担を軽減してくれます。個人事業主にとっては、病気やケガで仕事ができなくなることは直接収入減につながるため、医療保険を利用して医療費のリスクに備えることが大切です。
就業不能保険
就業不能保険は、病気やケガで一定期間働けなくなった場合に、生活費を補うための保険です。個人事業主の場合、長期的に収入が途絶えると生活が困窮するリスクが高くなるため、就業不能保険は非常に重要な保険となります。
就業不能保険では、働けなくなった期間中に一定額の給付金が支給されるため、生活費や事業運営費をカバーできます。特に、家族を養っている個人事業主や固定費のかかる事業を運営している場合、収入の途絶が大きな経済的打撃となるため、この保険によって安定した収入源を確保することが重要です。
個人年金保険
個人年金保険は、老後の生活資金を準備するための保険です。個人事業主は厚生年金に加入できないため、国民年金だけでは老後の生活資金が不足する可能性が高いです。そのため、国民年金に加えて、個人年金保険に加入して老後の備えを万全にすることが求められます。
個人年金保険では、保険料を定期的に支払うことで、一定の年齢に達した時点で年金形式の給付金を受け取られます。これは国民年金の補完的な役割を果たし、老後の生活の質を向上させるための有効な手段です。また、保険料の支払い方や受け取り方法も柔軟に設定できるため、自分のライフプランに合わせた選択が可能です。
国民年金保険やiDeCo(個人型確定拠出年金)などの選択肢も検討してみてください。なお、保険料の負担が難しいという方には、国民年金の保険料に月額400円を上乗せするだけで将来の年金額を増やせる付加年金もおすすめです。
参考:日本年金機構「付加保険料の納付」
小規模企業共済
小規模企業共済は、個人事業主が将来の退職金や事業廃止後の生活資金を準備するための共済制度です。中小企業庁が運営するこの制度は、個人事業主や小規模な会社の経営者が加入でき、毎月の掛け金を積み立てておくことで、将来の事業廃止や退職時に給付金を受け取ることができます。
小規模企業共済の特徴は、掛け金が全額所得控除の対象となるため、節税効果が高い点です。掛け金は月1,000円から70,000円までの範囲で設定でき(500円刻み)、事業の収入に応じて柔軟に調整ができます。事業が成功している時期には高めに設定し、逆に収入が減少している時には低めに設定するなど、経営の状況に応じた調整がしやすいのも魅力です。
事業廃止時だけでなく、老後の生活資金としても利用できるため、個人事業主にとっては退職金制度の代替手段として、安心して老後を迎えるための有力な選択肢となります。
個人事業主が支払った社会保険は節税につながる
社会保険の掛け金は、確定申告時に所得控除の対象となります。具体的には、以下の保険の掛け金が所得控除として認められています。
国民健康保険料
国民健康保険料は控除の対象です。自身で納付額を計算し、確定申告書に記載します。
国民年金保険料
支払った国民年金も全額控除対象です。こちらも確定申告書に記載して申請します。
小規模企業共済
小規模企業共済の掛け金は、全額が所得控除の対象となります。掛け金を支払うことで課税所得を減少させられ、結果として納税額を軽減することが可能です。たとえば、月に10,000円の掛け金を支払うと、年間で120,000円の所得控除が受けられます。この控除により、課税所得が減少し、節税効果が得られます。
個人事業主の社会保険加入の重要性
個人事業主にとって、社会保険の問題は避けて通れない重要な課題です。適切な社会保険に加入することで、事業と生活の安定を図り、将来に向けての備えを整えられるでしょう。
また、従業員を雇用する際には、新たな社会保険の責任が生じることを忘れてはいけません。これらの適切な対応は、事業の信頼性向上にもつながります。社会保険制度は複雑で、常に変更が加えられています。そのため、定期的に情報を収集し、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることが大切です。