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民法は、1050条もある大法典ですが、その第1条に規定されているのが、民法の基本原則です。基本原則は、①公共の福祉、②信義則、③権利濫用の禁止の3つから構成されています。今回は、その中の「信義則」について解説します。
信義則を定める民法第1条第2項は、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」と規定しています。「信義に従い誠実に行わなければならない」とあることから、「信義誠実の原則」とも呼ばれます。具体的には、社会は人々の「信頼」に基づいて成り立っているものだから、当事者たちは相手方のもつ「信頼」を裏切らないように行動しなければならないということです。
信義則は、規定上は「権利の行使及び義務の履行」で作用するとされますが、実務的には広く柔軟に用いられています。民法全体の解釈において利用されるのはもちろん、民法以外でも援用されます。なぜならそれは、民法が私法全体の一般法規であるからです。
信義則は、「他人を裏切ったり、不誠実なことをしたりすることがないよう行動しましょう」という倫理的なことを注意的に規定したものです。そのため、信義則を使う場面というのは他の条項で解決できないときの最後の手段として利用されます。
信義則が適用される具体例としては、賃借人が賃料を支払わないでいる場合に、賃貸人がそれを放置し、多額の賃料が発生してから、保証人に多額の賃料を請求するような行為です。本来であれば、賃借人に賃料を支払わないのであれば立ち退くよう求める、あるいは、保証人に早めに請求して、保証人が多額の負担を背負わないよう配慮することが求められます。賃料請求を漫然と放置し、多額の請求を保証人に請求することは誠実な行為とは言えないということです。
実際に信義則が裁判で具体的に問題となったとなった「大豆粕深川渡し事件(大正14年12月3日)」を紹介します。
売主Aと買主Bが大豆粕の取引を深川にある倉庫で行う契約を締結し、Aはそこで引き渡しの準備をしていましたが、Bは倉庫の場所が不明確であることを口実にして取引場所に向かわなかった結果、取引ができず、Aに対して契約の解除と損害賠償を求めたのです。
裁判所は、信義則に基づいてBがAに倉庫の場所を問い合わせるべきであったとし、それを怠ったBは代金支払い義務についての履行遅滞の責任を負うと判断しました。
引き渡し場所が分からないにもかかわらず場所を売主に問い合わせなかった買主の不誠実な態度が信義則違反であるということです。
信義則は、抽象的な概念であるため、恣意的な使い方をされてしまう危険性があります。そのため、できるだけ具体化される必要があります。その結果、次のような4つの派生原則が生み出されました。
禁反言(きんはんげん)の原則とは、「自分がとった言動に相反する主張をすることは許されない」とする原則です。Aと言っていたのでそれを信じて行動を起こしたのに、次の日になったらAではなくBと言い出した、という場合は相手方の信頼を裏切ることになります。このような行為は、信義則に反するので許されないということです。
これは英米法に由来する重要な考え方で、英語では「estoppel(エストッペル)」と言います。そのため、「エストッペルの法理」と呼ばれることもあります。
具体例としては、債務の承認をしていたのに、時効になったことを知って消滅時効の主張をすることなどがあります。
クリーンハンズの原則とは、文字通り自分の手がきれいでなければ、法の保護は受けられないという原則です。自分は法律違反をしておきながら、法律で助けてくれと言うことは許されないということです。法律を遵守するという誠実な対応をしない人は、信義則上保護に値しないからです。
具体例としては、「愛人にマンションを買ってあげたところ、関係が破綻したのでマンションを返して欲しい」といったように裁判所に助けを求めることは許されないということです。不法原因給付として、民法708条で返還は認められません。
事情変更の原則とは、契約の締結時に予想できないような社会事情の変更が発生した場合に、契約内容を変更できるという原則です。契約を締結した場合、契約内容に拘束されるのが原則ですが、契約内容をそのまま強制することが不合理であるときは、信義則上変更を認めるのが妥当だという考えに基づきます。
ただ、契約の効力に対する例外的な措置なので、適用する場合には厳格な要件が求められます。その要件は、①著しい事情変更が生じたこと、②契約締結時に事情変更を予見することができなかったこと、③当事者の責に帰することができない事由によって生じたものであること、④元の契約をそのまま適用すると著しく不合理な結果となること、です。これらの要件を全て満たす必要があると解されています。
権利失効の原則とは、長期間権利行使しなかった場合には、権利行使できなくなるという原則です。長期間権利行使がないと、もはや権利行使はないと信頼するので、突然権利行使することは信義則に反し許されないということです。
権利失効は、時効と似ていますが、時効は法律で定められた期間、権利行使がない場合に生じるのに対し、権利失効は、時効期間経過前であっても、権利行使がないと信じて行った場合には個別事案に応じて権利行使が否定されます。
今回は、民法における「信義則」について解説しました。実務の世界では、法律論で「信義則を主張したら負け」と言われています。つまり、信義則を使うのは最後の手段ということです。法律論としては個別具体的な条文を使うのが原則であり、どうしても解決できないという場合に、最後の手段として信義則を使います。したがって、はじめの段階から信義則を使うということがないようにしましょう。
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