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契約書が証拠として扱われる場合に、知っておきたい重要な言葉として「二段の推定」があります。二段の推定を知ることで、契約書に捺印する意味がより深く理解できます。ここでは二段の推定について、法律や判例を交え、解説します。
「二段の推定」とはある契約を巡って紛争が起き、契約書が民事訴訟において証拠として提出される場合に、その契約書が証拠になるかを判断する際に用いる考え方で、主に民事訴訟法の分野で使われる言葉です。それでは、二段の推定が使われる主な場合である「契約書に契約者本人の印影が捺印されている場合」を例に考えてみましょう。
まず、契約書に契約者本人の印鑑が押されているということは、本人の意思によって捺印されたものと推定できます。これは、一般的に自分の印鑑を第三者が勝手に持ち出して使うことはないという経験則から推定されるもので、これを「一段目の推定」と呼びます。
一段目の推定より、その契約書は「本人、または代理人の意思によって捺印された契約書」となり、この契約書は正しく真正に成立したものと推定できるのです。この推定の根拠は、民事訴訟法第228条4項にあります。
民事訴訟法第228条4項 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。 |
これを「二段目の推定」と呼びます。以上をまとめると、以下のようになります。
それでは、なぜ「二段の推定」が行われるのでしょうか。その理由を知るためには、まず「推定」と「契約書」について知っておく必要があります。
まず、法律において「推定」とは、「ある事実または法律関係が明瞭でない場合に、一応一定の状態にあるものとして判断を下すこと。」です。すなわち「推定=反証が無いかぎり事実として扱う」という意味です。「推定」という言葉は、しばしば「みなす」と対比され、一応一定の状態にあるものとすることは共通なのですが、「みなした」事実はそれと反対の事実が証明されても反対の事実に覆ることはないのに対し、「推定」した事実は反証があると覆すことができるという点で「みなす」とは異なります。
次に、契約です。契約という行為そのものは必ずしも契約書を必要とせず、口頭だけでも成立します。しかし、もし契約がトラブルに発展した場合に備え、契約の事実を証拠として残すために契約書という書面を交わしています。そして裁判となってしまった場合に、契約書を証拠とするのです。
しかし、契約書を証拠とする場合、その契約書が本人の意思によって作成されたものか、本人が同意した契約書かを証明することは困難かつ時間がかかります。そこで「二段の推定」という考え方を用いて、手間や時間を軽減するのです。
二段の推定の基となる判例が、昭和39年5月12日の最高裁判例にあります。ここで最高裁判所は次のような見解を述べています。
私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのを相当とするから、民訴法第三二六条により、該文書が真正に成立したものと推定すべきである。 |
言い換えると、本人の印影がある場合、反証がなければ、その印影は本人の意思で押されたものと推定できるため、民訴法第326条(現228条4項)により真正に成立したと推定すべきである、ということです。旧民事訴訟法第326条は次のように定められていました。
第326条「私文書の真正の推定」 私文書ハ本人又ハ其ノ代理人ノ署名又ハ捺印アルトキハ之ヲ真正ナルモノト推定ス |
この判例の重要なポイントは、実印は通常第三者が本人に無断で使用できないように大事に保管されるものであるということを経験則として認めた点にあります。
電子署名法第3条を根拠に、電子文書の契約書にも二段の推定が使われるとされています。技術的な用語が多く含まれますが、考え方は紙の契約書と同じです。電子署名の方法が、実印による押印と同様に大事なものとして扱われるということが経験則として認められれば、電子署名の真正が認められることになります。
まず、「本人の公開鍵による認証」は、正しい証明書を使っていることや、PIN(パスワードのような認証用の文字列)入力など本人しか知り得ない情報であることから、我々の経験則に照らして本人によるものと推定できます。これが、一段目の推定です。これは、紙の契約書における印鑑に当たります。
そして、本人によって正しく作られた電子署名が付与されている契約書(電子文書)は真正に成立したと推定できます(電子署名法第3条)。これが、二段目の推定です。まとめると、以下のようになります。
二段の推定が覆されるケースにはどんなものが考えられるのでしょうか。
まず一段目の推定については、本人が捺印したとは考えにくい場合に推定が覆ります。たとえば、契約書に押された印鑑が盗難に遭っていた場合や、印鑑を第三者と共用していた場合などです。
二段目の推定においては、捺印自体は本人によるものである場合であっても、真正な契約書とはいえない事情が認められたときに推定が覆ります。たとえば、白紙に署名や捺印をしたものを悪用して、あとから文書を作成した場合や、契約書の内容を署名や捺印後に改ざんしていた場合、また、関係のない契約書と思い込ませて捺印させたなどといった場合などです。
二段の推定は、契約書を証拠として取り扱うときに、その契約書が真正に成立したかを証明する手間を省くために用いられる考え方です。本人の印鑑が押されているのであれば、本人の意思によって捺印されたと推定し(一段目の推定)、本人の意思によって捺印された契約書は、真正に成立した(二段目の推定)と推定するものです。
電子署名においても二段の推定が適用できるとした判例はまだありません。しかし電子署名法第3条と2020年の発表された政府見解によって、電子署名を使った場合の二段の推定についての考え方が明確になりました。今後も政府を含めた脱ハンコの動きは拡大すると考えられ、電子契約の活用場面も増えていくと思われます。
【参照】「電子契約・電子署名の活用に関する諸問題-テレワーク・在宅勤務における利用拡大に備えて」
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